SAMPLE BREEDER

つぶやこうのレポート

つぶやき①

「ノーマライゼーションは「障害を抱えている人たちの訓練をして、できるだけ普通(ノーマル)の生活ができるようにサポートする」ということ・・・ではありません 。

 誤解を生みやすく感情的になってしまうと「日本ではなじまない」などと言われるとんちんかんな話です。しかも、福祉関連の専門的な資格勉強での講義などで、「ノーマライゼーション、バリアフリーなどの言葉しか出ませんので内容はいいです。」

  これでは、世界に取り残されるわけです。施設に押し込まれて擁護されていると健常者つまり老人も入ることが幸せな最後のステージを意味することになります。「ノーマライゼーション」の考え方は、家族の中に障がい者がいても、普通に暮らすことが出来ることを意味しています。弱者が困っていれば自然に手を貸す。特別なことではないのです。こんな生易しい事では無いと思われがちですが、介護が重度であっても制度として扱っているものは、制度の利用をすることで、補う必要性はあります。障がい者と言う言葉は障がいを持たない人にはありません。治ると言うことは病人などに使われます。従って、死ぬ気で、治せ!と訓練を強要することはいじめを実行させているようなものです。本来持てる思いやりの能力が人間には備わるものですが、発達どころか無能な人間を不必要な者と決めつける恐ろしい時代になってきました。

 自分も自殺で不要者の抹殺を考える始末です。見守りながら、母と障がいを持つ息子を見守ってくれる生活が大切な宝物に感じます。恥ずかしいのは、家に閉じ込められ施設に隠すように扱わなければならない国にしてしまっていることです。日本の家族形態を絶賛されていたことをもう一度見直してはどうかと思うのです。普通に接してくれる人に感謝しています。明日のわが身も見えなければ、子供たちも同じことをするからです。蟻地獄の都会生活からの脱却は、至難の業だと思います。一緒に考えてくれる大人で在りたいものです。

一部の心無いタクシー運転手の出来事

 

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